【国会議員の目】参議院議員 自由民主党 松下 新平氏

現場の“リアル”をもとに国会で議論
日本のODAの理念を基本法に

参議院議員 自由民主党 松下 新平氏
1966年宮崎県生まれ。法政大学第二法学部を卒業後、宮崎県職員参議院議員秘書、宮崎県議会議員 (2期)を務め、2004年、参議院議員に初当選。現在3期目。総務副大臣兼内閣府副大臣、国土交通大臣政務官、参議院災害対策特別委員長のほか、自民党総務部会長、外交部会長、財務金融部会長、人事局長を歴任。現在、ODA等に関する特別委員長を務め、 JICA議連などでも活動
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※本記事は『月刊 国際開発ジャーナル2021年10月号』の掲載記事です

 

ODA特委・ODA調査で活動

―参議院ODA特別委員会とは。
  参議院議員として18年目になる。これまで自民党の外交部会長、 財政金融部会長を務め、昨年から 参議院政府開発援助等に関する特別委員会(ODA特委)の委員を務めている。議員連盟では、超党派の「日本の国際協力 特に青年 海外協力隊の活動を支援する国会 議員の会」(JICA議連)、自民党のSDGs外交議員連盟に加わり、ODA拡大議連では予算獲得を中心に活動している。 ODA特委は2006年に設置された。参議院にだけあり、委員は議席数に応じ各党に案分される。 ODA特委の設置に先立って参議院では、2004年に政府開発援助(ODA)調査派遣団の派遣を始めた。コロナ禍で2年間止まっているが、16年間、78カ国・地域に延べ248人の参議院議員が派遣されている。
 ODA調査の特色は、とにかく現場に行くことだ。現場で日本の支援の”リアル”を知り、ODA 特委でより良い使い方や広報、日本の支援のあり方などを議論している。国会議員、特別委員会として、予算・決算だけではなく、内容も含めて政府のODAの取り組みに関わっている。
 私はこれまで3回派遣された。日本の国会議員が訪問するのは初めてという場所もあり、車で5時間、舗装されてない道を走ったこともある。防弾ガラスの入ったトラックに乗る経験もした。
最初にタイとインドネシア、次がケニアとセネガルに派遣された。直近は4年前にチリとブラジルに行った。チリでは、来日経験のある高校生と会った。「世界津波の日」に合わせて日本政府が実施した、世界の子供たちを日本へ招聘する事業で来日した。地震、津波 という共通項で子供たちが交流するのもすばらしいと思った。
 今、日本の若者は「内向き」「夢を持たない」などと言われる。しかし現地で青年海外協力隊員に会うと、目がらんらんとしている。ネットも通じず、治安も良くないところで必死にがんばっている姿を見ると、涙が出る。開発途上国への支援事業であるが、隊員たちの人材育成としてもすばらしい。もっと力を入れて応援したい。

ODA基本法の制定を目指す

―東日本大震災後に議論された ODA削減論に反対されました。
 あの時は相当議論した。国内が大変な時に海外を支援している場合ではないという国民感情もあったが、ODAを実施した国が日本の復旧・復興を支援してくれ、ODAが外交のツールとしても評価された。「国内の対策はしっかりやり、ODAも継続すべきだ」と主張し、一定の予算を獲得した。
 ODAに関しては、ODA基本法の制定に向けた議論もある。人間の安全保障という理念や、持続可能な開発目標(SDGs)に対する姿勢を基本法で明確にしたい。役所とも調整し、仲間に働きかけ、実現に向けて取り組む。それが今一番の課題だ。

―日本の地方における国際協力、国際化の重要性は。
 海外に行くと、日本の企業を誘致してほしいという相談が寄せられる。一方、日本の企業は、リスクが大きいと感じるのか、なかなか前向きにならない。しかし視察などで現地に行き、認識が変わることもあるし、私の地元、宮崎県でも国際協力に取り組む企業はある。都城市の豊栄グループはフィリピンの留学生を招いて、介護を勉強してもらう取り組みを実施している。清水豊会長が、若い時に米国で世話になった経験から「若い人を育てたい」と始めた。
 地方は外国人との共生に不慣れな面もあったが、人口減少社会の中で、技能実習生は産業にとってもコミュニティーにとっても、維持発展に必要な存在となっている。

―子供の時から、海外を見る機会も必要では。
 絶対だ。私が宮崎県職員の時には、中国と韓国に行く「九州青年の船」、沖縄に行く「少年の船」という事業があったが、いずれもなくなった。これは非常に大事だった。私もその一員で、それで国際的な興味や関心を抱いた。
 海外を見ることで、日本がいかに恵まれているかもわかる。日本の社会の課題も感じられる。そうした経験を、若い時にしてほしい。

ぜひ取り組みたい三角協力

―「争い合う時代から許し合う時代への転換」を掲げています。
 ぜひ実現したいのは、日本とブラジルが一緒にやったような三角協力だ。賛否はあるが、中国と協力できたらいいと考えている。中国がアフリカにこういう支援をしたから日本もやるんだと競っているが、そういう時代ではないと思う。新型コロナウイルスでも途上国も含めて協力して立ち向かわないと解決しない。日本だけ良くなっても、海外に行けない。 国会議員の役割として、外交や海外との交流は非常に大きい。私が特に力を入れてきたのが囲碁だ。韓国、中国の国会議員と囲碁を通じ、交流している。サッカーもやっているが、議員同士でやっているうちに、文化人などにも広がっていく。国と国の間ではメンツの問題などがあるが、議員同士はすぐにうまくいく。国同士がうまくいかないはずはない。
 米国の故ダニエル・イノウエ上院議員に「米・中・日の議員の会をやれ」と言われた。それが遺言だった。胸襟を開いて話さないといけない。それを取り持つことは、日本しかできないと思う。 宮崎の偉人で、脚気の原因がビタミン不足だと明らかにした高木兼寛という人がいる。この高木先生の言葉に「病気を見ずして病人を見よ」というのがある。その言葉を借りて、「国会を見ずして国民を見よ」と言っている。本会議で取り上げると、反響もあった。

―国際協力への国民の理解の深め方をどう考えますか。
 必要性を色々な場面で話したり、会合を持ったりするが、なかなか難しい。何か企画をして、一緒に現場に行ってもらう、そうして一人でも多くの人に理解してもらうのがいいと思っている。加えて、地球規模の感染症や環境の問題、SDGsの考え方。そこに日本の企業も関わってくる。時間はかかるが、コンセンサスは大事だ。

 

(聞き手:国際開発ジャーナル社 社長・末森 満/本誌記者・三澤一孔)

本記事は『月刊 国際開発ジャーナル2021年10月号』に掲載されています