東南アジアのスパイシーなエスニック料理は日本でも人気がありますが、
残念ながらフィリピン料理の評判は余り良くありません。
しかし、イスラム教徒が多数居住するミンダナオ島南西部のバンサモロ地域に通っていると、
シーフード料理など日本人の味覚に合う料理が少なくないことに気付きます。
バンサモロの中心都市コタバトには、作り置きの料理を並べたローカル食堂があちこちにあります。
イスラム教でタブーとされる豚肉料理はなく、サンミゲル・ビールも置いていませんが、
鶏のローストや牛肉の煮込み、マグロのカマ焼き、
イカの墨煮、魚スープ、数種類の野菜料理などメニューは豊富です。
アサリ時雨煮のような貝のココナツ煮、トコロテンの原料テングサの酢の物などは、
そのまま和食に通じる味わいがあります。
何と言ってもお勧めは「キニラウ」でしょうか。
生のマグロの切り身と香味野菜を酢で和えたマリネのような一皿で、要するに鮮魚の酢じめです。
中南米の「セビチェ」にも似ていますが、このキニラウはミンダナオ発祥と言われています。
コタバトの市場では、目の前のモロ湾で水揚げされた新鮮な魚介類、
淡水のナマズやティラピアなどを売っていますが、
ある時、妙なものを発見しました。
「魚の麹漬」あるいは「馴れずし」です。
カツオと思しき切り身に米飯をまぶし、塩と甘味を加えて漬け込んだ発酵食品で、
琵琶湖名産の鮒寿司のようにも、西京漬や粕漬のようにも見えます。
試しに買って帰り、レストランで焼いてもらったのですが、
塩気が強くて硬く、まあ“珍味”というか、期待したほどの味ではありませんでした。
中国南部や東南アジアでは、伝統的な魚肉の保存法として馴れずしが知られており、
それがバンサモロ地域にも残っているのでしょう。
何度か試せば、おいしいものに当たるかも知れません。
ところで、コタバトの食堂には「豚肉料理はない」と書きましたが、
街中でギョッとする光景を見かけました。
何とフィリピン名物「レチョン」(子豚の丸焼き)を売っているではありませんか……。
コタバトはイスラム文化が色濃く浸透した町ですが、
フィリピン全体で圧倒的多数派のカトリック教徒や中国系住民も住んでいるので、
原理主義的な息苦しさはありません。
とはいえ、子豚が丸ごと切り刻まれている店の前を、
イスラムのスカーフを被った女の子たちが通り過ぎて行くのを見ると、
寛容というか緩いというか、何だか不思議な気分になります。
*「Mindanao便り」は月刊『国際開発ジャーナル』にて連載中です