【ジュネーブ便り】新しい組織にかける

世界エイズ・結核・マラリア対策基金
技術評価委員会事務局
シニア・コーディネーター
小松 隆一 さん

【小松さんのキャリアパス】

25歳 早稲田大学で修士号取得(心理学)
26歳 タイ赤十字社リサーチ・アソシエート
28歳 ハワイ大学で公衆衛生学の修士号を取得
31歳 国立社会保障・人口問題研究所研究員。
   以降、主任研究官、室長
37歳 グローバルファンド戦略情報専門官。
   以降、チーム・リーダー、
   シニア・マネージャーなどを務める
45歳 現職

(スワジランドで若者グループとHIV予防活動について話し合う)

 世界エイズ・結核・マラリア対策基金(略称グローバルファンド)は、21世紀以降の国際保健の潮流に変革を生みだす一つのきっかけとなった組織です。

 2000年に沖縄で開かれたG8サミットにおいて、日本は、HIV/AIDS、結核、マラリアの三大感染症のまん延による世界の危機的状況を、先進国の政治課題として提起しました。当時、HIV/AIDSの治療には一人当たり年間約100万円が必要でしたが、患者の多くは開発途上国で暮らしており、治療を受けることはできませんでした。特にアフリカでは、村や町で毎日のように葬儀が行われていたほどです。さらに、子どもと老人ばかりが残った各地のコミュニティーは崩壊しかかっていました。この状況を打開するため、援助の変革が必要なことは明らかでした。

 こうした中、02年に創設されたのが、グローバルファンドです。各国政府や民間財団、企業などから大規模な資金を調達する、革新的な官民パートナーシップの仕組みを有しているのが特長です。さらに、ドナー国政府と被援助国の政府、市民社会、そして患者たちの代表によって構成される理事会や国別の調整機関を持ち、効率の良い組織運営を図っています。

 私は、予防が可能であるにも関わらず、開発途上国の人々に大きな影響を与えるHIV/AIDSをどうにかしたいと思い、各所で関連の仕事に携わっていましたが、グローバルファンドの創設を知り、「HIV/AIDS問題を真に解決するには、これしかない」と思いました。創設間もない組織であり、すぐに失敗して解散となる懸念もありましたが、「この新しい組織にかけたい」と思い、04年に応募。採用されました。

 その後、世界中の成果を取りまとめる仕組みを一から立ち上げたほか、現場における感染症対策の事例収集、各国の事業の中間評価に取り組みました。世界保健機関(WHO)や国連合同エイズ計画(UNAIDS)と共同で、救われた命を推計する計量モデルの開発などにも携わりました。

 グローバルファンドの活動によって、これまで1,000万人が年間1万円以下のHIV治療を、また1,660万人が結核の治療を受けられるようになり、殺虫剤処理をした蚊帳は累計7億張以上が配布されました。これらにより、2,000万人の命が三大感染症から救われています。

 私は、12年から組織全体の技術評価に携わっています。当初、技術評価部門は十分に機能していませんでしたが、外部の技術評価委員長とともに改革を進め、全体の戦略・政策立案や改善につながる実績を残しています。

 17年からは、8カ国を対象に3,300万ドル規模の評価プロジェクトを3年掛かりで実施することが決まりました。グローバルファンドには、新たな挑戦の機会が溢れています。

(出典:『国際開発ジャーナル』2017年5月号)

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【ジュネーブ便り】さまざまなアクターとポリオ撲滅に取り組む

世界保健機関(WHO)
ポリオ根絶イニシアティブ
チームリーダー(製品開発・イノベーション担当)
岡安 裕正 さん

【岡安さんのキャリアパス】

24歳 慶應義塾大学医学部卒業
25歳 在沖縄米国海軍病院インターン
26歳 マッキンゼー・アンド・カンパニー
   東京オフィス勤務
31歳 スタンフォード大学経営大学院留学
   (経営学修士)を取得
   マッキンゼー・アンド・カンパニーの
   米国ニュージャージーオフィス勤務
34歳 世界保健機関(WHO)ポリオ根絶
   イニシアティブ医官
39歳 現職


(パキスタンでポリオの予防接種キャンペーンに取り組む)

 世界保健機関(WHO)は、「全ての人々が可能な最高の健康水準に到達すること」を目指して、1948年に設立された国連の専門機関です。感染症や生活習慣病、保健システムの改善など多様な課題に取り組んできたWHOですが、中でも80年に達成した天然痘の撲滅は、大きな功績として挙げられます。

 WHOは現在、国連児童基金(UNICEF)や米国疾病予防管理センター(CDC)、国際ロータリーと共に、官民パートナーシップ組織「世界ポリオ撲滅イニシアティブ(GPEI)」を立ち上げ、ポリオの根絶に注力しています。

 私は現在、WHOのポリオ部局に所属し、新しいポリオワクチンの研究開発や、針を使わないワクチン投与器具の開発、携帯電話や地理情報システム(GIS)を予防接種活動に活用するプロジェクトなどに携わっています。

 私は大学の医学部を卒業後、経営コンサルティング企業に就職しました。その後、休職し米国に留学した際に出会った友人の影響を受け、移民向け無料クリニックの支援活動に参加したり、ペルーのスラムで活動するNGOを訪問したりする機会がありました。その際、世界には基本的な医療サービスを受けられない人が大勢いるのだと知ったことが、国際保健に関心を持ったきっかけです。

 その後、WHOで短期インターンをする機械を得て、10年間の抗結核薬の需給予測と、薬の安定供給を行うための提言を作成しました。自分が今まで培ってきたビジネス経験が国際保健にも生かせることを知り、WHOの職員を目指すことを決意しました。

 WHOで働き始めてはや8年が過ぎましたが、医学以外にも統計学や経営学など多様な知識を仕事に生かせたり、最先端の知識と技術に触れたりできる点は、とても魅力的だと思います。

 また、開発途上国の保健衛生を改善することは、多くの人が共感できる目標であるため、仕事を通じて外部のさまざまな人とつながりができ、一緒に事業に取り組めることが嬉しいです。例えば、以前、ナイジェリアでワクチン接種率を向上するため、ソーシャルマーケティングの専門家にアドバイスを求めたことがありましたが、この時の議論がきっかけで、地理情報システム(GIS)を活用した予防接種活動の改善事業を実現するに至りました。さらに、米国やオーストラリアの企業とも共同で、湿布のように貼るだけで薬剤を投与できる「貼るワクチン」の開発事業も立ち上げました。

 さまざまな価値観やバックグラウンドを持つ同僚が集まる国際機関では、自分の強みは何か、組織が掲げる目標に対してどう貢献できるのか問われる機会が多くあります。国際機関への就職を目指す
方は、そうした点を常に意識し、明確にしておくことが大切ではないかと思います。

(出典:『国際開発ジャーナル』 2017年4月号)

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【大学の国際化最前線】日本体育大学 スポーツ文化学部スポーツ国際学科

新学科を創設 スポーツ通じた国際貢献目指す



(「伝統文化交流実習」で、シンガポールで実施されたワークショップの様子)

【協力隊派遣の協定を締結】

 1891年に創設された日本体育会を起源に持ち、125年以上の歴史の中で、多くの体育教員やスポーツ選手を輩出してきた日本体育大学。日本の体育教育の中核とも言えるこの大学で、近年、
急速に国際人材育成の動きが進んでいる。

 2014年4月に、まず学生の海外留学を推進する組織として国際交流センターを設立。同年8月には、国際協力機構(JICA)との間で学生の青年海外協力隊への派遣に関する協定も締結した。そして今年4月には、スポーツを通して国際貢献できる人材の育成を目指し、スポーツ文化学部スポーツ国際学科を新設した。

 日体大では、体育教師を目指す学生が8割を占めるが、近年は、国際教育に取り組む小学校や中学校が増えている。また、地方自治体でも、スポーツを通じた海外との交流が増えつつあるなど、体育やスポーツ分野で国際的な視野を持つ人材へのニーズが高まっている中、新学科の募集では、100人の定員に対して7倍近い学生が殺到したという。

【開発途上国で役立つユニークな授業】

 海外、特に開発途上国で役立つスキルや、異文化理解力を身に付けるため、新学科ではユニークな科目が用意されている。
 例えば、開発途上国のスポーツを学ぶ「エスニックスポーツ実技」では、皆でミャンマー語を話しながら「チンロン」というミャンマーの伝統球技を習得する。

 また、運動用具も不足しがちな開発途上国では、現地の人々に、どのように運動の意義や楽しさを伝えるかが問われる。そのため、「スポーツ国際実習」では、英語で会話しながら、道具を使わずにスポーツを指導する技術を学ぶ。

 さらに、長期休暇を利用した海外でのボランティア活動も予定されている。

 日本体育大学では、オーストラリアやドイツ、ハワイ、シンガポールなどで、武道や日本の伝統芸能に取り組む若者と交流する「伝統文化交流実習」を2003年から実施してきた。その引率を担当し、今年からスポーツ文化学部長を務める八木沢誠教授は、「海外で日本の武道に取り組む人々は、武道の中に込められた、相手への思いやりや礼儀などの日本的精神を真摯に追求している」とした上で、「こうした人々に触れることは、日本の学生たちにとって、自国の文化を見つめ直し、国際人として成長する上でいい刺激となる」と強調。新学科で海外経験をする学生が増えることに期待を寄せる。

 日本政府は現在、2020年に開催予定の東京五輪に向け、官民を挙げて開発途上国にスポーツ分野で貢献することを目指すイニシアチブ「スポーツ・フォー・トゥモロー」を推し進めている。こうした中、新学科がどのような花を咲かせるか、今後が楽しみだ。

【Access】

東京・世田谷キャンパス
〒158-8508
東京都世田谷区深沢7-1-1
URL http://www.nittai.ac.jp/

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【ジュネーブ便り】自分の力をフルに生かせる職場

国際電気通信連合(ITU)
電気通信標準化局(TSB)
スタディーグループアドバイザー
太田 宏 さん

【太田さんのキャリアパス】
24歳 京都大学で電子工学の修士号を取得。
   日本電信電話(株)(NTT)に入社し、
   広帯域ネットワークの研究開発に従事
30歳 ITUの標準化会議に初めて参加
37歳 京都大学で工学の博士号を取得
46歳 ITUに出向
49歳 ITUに転職


(2015年には、トルコのイスタンブールで開催された通信の国際標準に関するワークショップに登壇した)

 国際電気通信連合 (ITU) はもともと万国電信連合として1865年に設立され、1947年に国連の専門機関になりました。現在は、無線通信に使用する電波の周波数を管理したり、電気通信に関する国際標準を作成したりするほか、開発途上国の電気通信分野の発展を支援しています。

 私は、電気通信標準化局(TSB)において、光ネットワークなどの通信インフラに関する標準規格を作成する研究グループのアドバイザーとして、電気通信分野における重要課題の標準化を促進したり、他の標準化団体との連携を強化したりしています。また、各国の関係者を招集して約9カ月に一度開催される標準化会議では、議長をサポートしたり、議論が紛糾した際に関係者を集めて解決策を見出したりしながら、業界に求められる標準規格のタイムリーな作成に努めています。そのほか、小規模な中間会合や電話会議なども支援しています。

 通信規格が標準化されれば、共通の通信装置や端末を世界中で使えるようになり、国際間の通信コストを抑えられます。また、情報の行き来が容易になれば、開発途上国の産業発展や教育改善などにもつながります。そのため、私たちは各国でワークショップを開催し、知識の普及や、標準化会議への参加促進にも取り組んでいます。

 私は大学卒業後、NTTに入社し、広帯域(ブロードバンド)ネットワークの構築に携わりました。自分たちの開発した技術を国際的な標準規格に盛り込むために、ITUなどの標準化会議に参加したこともあります。

 2009年からはITUに出向し、標準化会議の運営業務などに携わりましたが、多様な国の人たちと協力して業務を遂行する中で、「こここそが自分の技術的知識や語学力、標準化に関する経験をフルに生かせる職場だ」との思いを強くし、転職を決意。11年にITUの正職員となりました。

 多様な国籍、経験を持つ人々が働く国際機関では、戸惑うことも多々あります。私自身、ワークショップを企画開催する際、最初は関連組織の事情などでなかなか準備が進まず、いらだったことが何度もありました。しかし、最後は各人が個性や強みを生かして持ち場で貢献し、予想以上に優れたイベントとなり、高い評価をいただいた経験がたびたびあります。状況にもよりますが、関係者を信頼して任務遂行に当たることで、良い結果が得られると感じています。

 もっとも、近年はインターネットが発展し、友人と連絡を取ったり、情報や物品を入手したりすることも含め、外国暮らしもかなり楽になっているように思います。

 ITUを含め、国際機関へ就職するには、厳しい競争をくぐり抜ける必要があります。採用されるためには、出向やインターン、外務省のジュニア・プロフェッショナル・オフィサー(JPO)などの枠組みを活用し、就職したい組織で有期雇用の形で働くなど、自分を知ってもらうことも有効です。

(出典:『国際開発ジャーナル』2017年3月号)

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【私のキャリアパス】“温かみのある数字”を追求

世界保健機関(WHO)
母子保健部研究チーム技官
吉田 幸代 さん

【吉田さんのキャリアパス】
24歳 南デンマーク大学大学院で
   公衆衛生の修士号取得
25歳 フィンランド国立公衆衛生学研究所で
   研究員として勤務
26歳 WHOにインターンとして勤務
29歳 WHOに正規職員として採用
32歳 仕事の傍ら、ロンドン大学の
   衛生熱帯医学大学院の
   博士課程に入学


(調査で訪れたコンゴ共和国の農村)

 

【博士課程で専門性を磨き直す】
 「現地調査からあがってきた統計データは、私にとって、住民一人一人の人生やデータ収集に携わった関係者の熱意が感じられる“温かみ”のある数字の集積です」。こう語るのは、世界保健機関(WHO)で疫学分析に携わる吉田幸代さんだ。

 吉田さんは、デンマークに留学していた時、ナイジェリアやネパール人の留学生たちから、現地には十分な医療施設がない上、アクセスも難しく、多くの子どもが亡くなっている現状を聞き「開発途上国の保健衛生の改善に貢献したい」と思った。さらに、大学院で疫学を学ぶ中で、「より多くの命を救うには、開発途上国がデータに基づいて保健政策を策定できるよう支援することが重要」と感じ、WHOの研究職を目指すようになった。

 その後、WHOでのインターンや短期職員などを経て、29歳で念願の正規職員の座を射止めた吉田さんだが、現場や大学で豊富な経験を積んだシニアの即戦力人材が多く活躍する職場の中で、自身の力不足を痛感することも多かったという。

 「もっと専門性を高めたい」と思った吉田さんは、2013年、英国の大学院の博士課程に入学した。仕事の傍ら、博士論文の執筆に取り組む忙しい毎日だが、「知的好奇心にあふれる大学院の仲間や、“子どもたちを助けたい”という使命感を共有する同僚、そして家族の存在が支えになっています」とほほ笑む。

【苦労の向こう側にある達成感】
 開発途上国での保健衛生状況調査には、多くの困難が伴う。例えば、2015年にコンゴ共和国のへき地でデータ管理の研修に携わった時には、事業予定地にたどり着くまで、古い国連専用のヘリコプターでジャングル上空を約4時間も飛ぶ必要があった。その後も、現地の保健関係者が遠くの農村を回り苦労の末に手に入れたデータをパソコンへ入力している最中に停電が起きてデータが失われるなど、多くの苦労があったという。

 それでも、「苦労を乗り越え得られた質の良いデータは、各国の保健行政の改善に貢献しています」と吉田さんは胸を張る。

 その一つの事例が、WHOのガイドライン改訂だ。かつて、WHOでは、生後2カ月までの乳児が敗血症などの細菌感染症にかかった場合、入院させて抗生物質を注射することを指針としていた。しかし、開発途上国ではさまざまな理由から入院できず、適切な治療を受けられないまま亡くなる乳児が多い。

 吉田さんの所属するWHO研究チームは2012年、ケニアやコンゴ共和国、ナイジェリアにおいて、敗血症などの細菌感染症にかかりながらも病院へ行けない乳児を対象に、こうした実態を研究した。その結果を受け、比較的症状の軽い生後一週間から2カ月の乳児の場合、入院なしで飲み薬を使い治療することがWHOの指針に取り入れられた。現在、コンゴ共和国とナイジェリアではこの新しい原則を政策に反映するためのプロジェクトが実施されている。

 世界では、今なお毎年590万人の子どもが5歳未満で亡くなっている。「温かい数字」を追求する吉田さんの挑戦は続く。

(出典:『国際開発ジャーナル』2017年2月号)