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【ジュネーブ便り】自分の力をフルに生かせる職場

国際電気通信連合(ITU)
電気通信標準化局(TSB)
スタディーグループアドバイザー
太田 宏 さん

【太田さんのキャリアパス】
24歳 京都大学で電子工学の修士号を取得。
   日本電信電話(株)(NTT)に入社し、
   広帯域ネットワークの研究開発に従事
30歳 ITUの標準化会議に初めて参加
37歳 京都大学で工学の博士号を取得
46歳 ITUに出向
49歳 ITUに転職


(2015年には、トルコのイスタンブールで開催された通信の国際標準に関するワークショップに登壇した)

 国際電気通信連合 (ITU) はもともと万国電信連合として1865年に設立され、1947年に国連の専門機関になりました。現在は、無線通信に使用する電波の周波数を管理したり、電気通信に関する国際標準を作成したりするほか、開発途上国の電気通信分野の発展を支援しています。

 私は、電気通信標準化局(TSB)において、光ネットワークなどの通信インフラに関する標準規格を作成する研究グループのアドバイザーとして、電気通信分野における重要課題の標準化を促進したり、他の標準化団体との連携を強化したりしています。また、各国の関係者を招集して約9カ月に一度開催される標準化会議では、議長をサポートしたり、議論が紛糾した際に関係者を集めて解決策を見出したりしながら、業界に求められる標準規格のタイムリーな作成に努めています。そのほか、小規模な中間会合や電話会議なども支援しています。

 通信規格が標準化されれば、共通の通信装置や端末を世界中で使えるようになり、国際間の通信コストを抑えられます。また、情報の行き来が容易になれば、開発途上国の産業発展や教育改善などにもつながります。そのため、私たちは各国でワークショップを開催し、知識の普及や、標準化会議への参加促進にも取り組んでいます。

 私は大学卒業後、NTTに入社し、広帯域(ブロードバンド)ネットワークの構築に携わりました。自分たちの開発した技術を国際的な標準規格に盛り込むために、ITUなどの標準化会議に参加したこともあります。

 2009年からはITUに出向し、標準化会議の運営業務などに携わりましたが、多様な国の人たちと協力して業務を遂行する中で、「こここそが自分の技術的知識や語学力、標準化に関する経験をフルに生かせる職場だ」との思いを強くし、転職を決意。11年にITUの正職員となりました。

 多様な国籍、経験を持つ人々が働く国際機関では、戸惑うことも多々あります。私自身、ワークショップを企画開催する際、最初は関連組織の事情などでなかなか準備が進まず、いらだったことが何度もありました。しかし、最後は各人が個性や強みを生かして持ち場で貢献し、予想以上に優れたイベントとなり、高い評価をいただいた経験がたびたびあります。状況にもよりますが、関係者を信頼して任務遂行に当たることで、良い結果が得られると感じています。

 もっとも、近年はインターネットが発展し、友人と連絡を取ったり、情報や物品を入手したりすることも含め、外国暮らしもかなり楽になっているように思います。

 ITUを含め、国際機関へ就職するには、厳しい競争をくぐり抜ける必要があります。採用されるためには、出向やインターン、外務省のジュニア・プロフェッショナル・オフィサー(JPO)などの枠組みを活用し、就職したい組織で有期雇用の形で働くなど、自分を知ってもらうことも有効です。

(出典:『国際開発ジャーナル』2017年3月号)

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【私のキャリアパス】“温かみのある数字”を追求

世界保健機関(WHO)
母子保健部研究チーム技官
吉田 幸代 さん

【吉田さんのキャリアパス】
24歳 南デンマーク大学大学院で
   公衆衛生の修士号取得
25歳 フィンランド国立公衆衛生学研究所で
   研究員として勤務
26歳 WHOにインターンとして勤務
29歳 WHOに正規職員として採用
32歳 仕事の傍ら、ロンドン大学の
   衛生熱帯医学大学院の
   博士課程に入学


(調査で訪れたコンゴ共和国の農村)

 

【博士課程で専門性を磨き直す】
 「現地調査からあがってきた統計データは、私にとって、住民一人一人の人生やデータ収集に携わった関係者の熱意が感じられる“温かみ”のある数字の集積です」。こう語るのは、世界保健機関(WHO)で疫学分析に携わる吉田幸代さんだ。

 吉田さんは、デンマークに留学していた時、ナイジェリアやネパール人の留学生たちから、現地には十分な医療施設がない上、アクセスも難しく、多くの子どもが亡くなっている現状を聞き「開発途上国の保健衛生の改善に貢献したい」と思った。さらに、大学院で疫学を学ぶ中で、「より多くの命を救うには、開発途上国がデータに基づいて保健政策を策定できるよう支援することが重要」と感じ、WHOの研究職を目指すようになった。

 その後、WHOでのインターンや短期職員などを経て、29歳で念願の正規職員の座を射止めた吉田さんだが、現場や大学で豊富な経験を積んだシニアの即戦力人材が多く活躍する職場の中で、自身の力不足を痛感することも多かったという。

 「もっと専門性を高めたい」と思った吉田さんは、2013年、英国の大学院の博士課程に入学した。仕事の傍ら、博士論文の執筆に取り組む忙しい毎日だが、「知的好奇心にあふれる大学院の仲間や、“子どもたちを助けたい”という使命感を共有する同僚、そして家族の存在が支えになっています」とほほ笑む。

【苦労の向こう側にある達成感】
 開発途上国での保健衛生状況調査には、多くの困難が伴う。例えば、2015年にコンゴ共和国のへき地でデータ管理の研修に携わった時には、事業予定地にたどり着くまで、古い国連専用のヘリコプターでジャングル上空を約4時間も飛ぶ必要があった。その後も、現地の保健関係者が遠くの農村を回り苦労の末に手に入れたデータをパソコンへ入力している最中に停電が起きてデータが失われるなど、多くの苦労があったという。

 それでも、「苦労を乗り越え得られた質の良いデータは、各国の保健行政の改善に貢献しています」と吉田さんは胸を張る。

 その一つの事例が、WHOのガイドライン改訂だ。かつて、WHOでは、生後2カ月までの乳児が敗血症などの細菌感染症にかかった場合、入院させて抗生物質を注射することを指針としていた。しかし、開発途上国ではさまざまな理由から入院できず、適切な治療を受けられないまま亡くなる乳児が多い。

 吉田さんの所属するWHO研究チームは2012年、ケニアやコンゴ共和国、ナイジェリアにおいて、敗血症などの細菌感染症にかかりながらも病院へ行けない乳児を対象に、こうした実態を研究した。その結果を受け、比較的症状の軽い生後一週間から2カ月の乳児の場合、入院なしで飲み薬を使い治療することがWHOの指針に取り入れられた。現在、コンゴ共和国とナイジェリアではこの新しい原則を政策に反映するためのプロジェクトが実施されている。

 世界では、今なお毎年590万人の子どもが5歳未満で亡くなっている。「温かい数字」を追求する吉田さんの挑戦は続く。

(出典:『国際開発ジャーナル』2017年2月号)

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【ジュネーブ便り】経験を糧に文化の壁を乗り越える

国際貿易センター(ITC)アジア・太平洋部
ジュニア・プロフェッショナル・オフィサー(JPO)
齋藤 美穂子 さん

【齋藤さんのキャリアパス】
22歳 国際基督教大学を卒業
24歳 東京大学公共政策大学院を修了後、
   (株)三菱総合研究所の海外事業研究センターに勤務
30歳 外務省専門調査員の試験に合格。
   在ジュネーブ日本政府代表部に派遣
33歳 JPOとしてITCに赴任
34歳 現職


(モザンビークの中小企業支援庁で協議を実施)

 

 国際貿易センター(ITC)は、開発途上国の中小企業の貿易促進を支援する国連機関で、約300人の職員が、開発途上国の中小企業の能力強化および貿易促進支援などに携わっています。

 現在、私はITCのアジア・大洋州部に所属し、カンボジアやラオス、ミャンマー、ネパールなどの中小企業の支援や、アジアの対アフリカ投資拡大に向けた事業を担当しています。

 例えばカンボジアでは、伝統的に農村の女性たちが繭を育て、絹を織ってきました。最近では、その高い技術と品質を強みとして絹の輸出を目指す女性起業家も増えています。ITCでは、彼女たちと連携し、輸出先の開拓や市場調査、ブランド化、貿易展示会への出展などに向けた支援を行っています。

 また、対アフリカ投資拡大支援プロジェクトでは、各国の政府機関との貿易・投資促進関連の協議や、アフリカ企業とアジアの投資家のマッチング、投資視察ミッションなどを企画・運営しています。

 私は、小・中学生時代を香港で過ごしたことがきっかけで海外に携わる仕事をしたいと考えるようになり、高校生の時に特に多様性を推進する組織である国連に関心を抱くようになりました。

 大学院を出た後、民間のシンクタンクで約6年間、主に海外プロジェクトに携わりましたが、国際機関で働く夢を実現するため、退職を決意。外務省の専門調査員試験に合格し、在ジュネーブ日本政府代表部に派遣されました。

 ここでは経済班に所属し、国連と世界貿易機関(WTO)における貿易・開発関係の業務を担当しました。毎日のように国連欧州本部やWTOの会議場に行っては、世界中から集まった外交官に囲まれながら日本政府の立場を発信し、各国の動向をフォローしました。

 この経験を基に、2015年からJPOとしてITCで勤務しています。日本社会で「和を重んじる」ことに慣れていた私にとって、国際機関であるITCでの仕事は、カルチャーショックの連続でした。

 まず、同僚の自己主張の強さに圧倒されました。会議で黙っていると貢献していないと見なされるため、事前に自分の意見をまとめることが必要になりました。また、英語の微妙なニュアンスで誤解を招かないよう、メールや議事録の作成にも時間がかかりました。

 しかし、一つ一つの仕事にしっかりと向き合い地道な成果を重ねることで、徐々に周囲から信頼を得ることができ、現在は大きなプロジェクトも任されています。

 周りには、貿易実務やマーケティング会社、金融機関などさまざまな経験を経て国連に転職してきた人が多くいます。私にとっても、日本で働いた6年間は、社会人としての心構えや仕事の進め方を身に付ける上で重要でした。これから国際機関を目指す人は、まずは自国の政府機関や民間企業で働いてみることをお勧めします。

 今後も国連機関に残れるよう、貿易・投資分野の専門性を高めたいです。また、英語に磨きをかけると同時に、第二外国語としてフランス語の習得にも励みます。

(出典:「国際開発ジャーナル」2017年1月号)

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【大学の国際化最前線】東洋大学

アフリカへの取り組みを加速 研修生を積極的に受け入れ

 


(岩手県山田町のカキとホタテ養殖の現場で。
ABEイニシアティブ研修生は、地方のまちづくりの現場も積極的に視察している)

【ケニアの大学とダブルディグリー目指す】
 2014年度に文部科学省の「スーパーグローバル大学創生支援事業」に採択されるなど、国際化を進める日本の私立大学の中でもトップランナーの一校と言える東洋大学。
 国際開発の分野においても、01年度には国際地域学研究科の中に「東洋大学国際共生社会研究センター」を創設し、アジアを中心に途上国開発の手法を探求してきた。15年度には、同センターの研究テーマを「アジア・アフリカにおける地域に根ざしたグローバル化時代の国際貢献手法の開発」に変更し、研究対象地域をアフリカにも拡大した。

 同センターのセンター長を務める北脇秀敏副学長は、「われわれの目標は、世界を俯瞰しながら普遍的な国際開発の手法を創造すること」とした上で、「今後、南太平洋や中南米にも研究対象を広げるのに先立ち、まずアフリカに研究基盤をつくりたい」と語る。

 同センターは16年、ケニアのジョモ・ケニヤッタ農工大学と包括協定を締結し、日本で共同シンポジウムを開催するといった取り組みを進めている。北脇副学長は、「今後、これをダブルディグリープログラムにまで発展させ、学生の交流を活発にしていきたい」と抱負を語る。

【日本人学生に大きな刺激】
 また、東洋大学は近年、日本政府が進めるアフリカの産業人材の育成プログラム「ABEイニシアティブ」にも積極的に関わっている。同イニシアティブが始まった14年に2人のアフリカの研修生を大学院に受け入れた後、15年には10人、16年には6人を受け入れている。

 ABEイニシアティブ研修生の受け入れに関する調整業務を担当する国際地域学研究科の岡村敏之教授は、「研修生の受け入れは、アフリカの人材育成への貢献が第一の目的」とした上で、「実は、彼らの存在は日本人学生にも良い刺激を与えている」と指摘する。

 ABEイニシアティブの研修生は、皆、厳しい選抜をくぐり抜けて来日した現地政府や企業のエリートたちだ。研究に対する意欲も高く、プレゼンテーションの手法なども洗練されているため、彼らと席を並べて学ぶ日本人学生にとっても、得られるものは非常に多いと言う。

 また、情報科学の専門家で、現在、ABEイニシアティブの研修生をゼミに受け入れている中挾知延子教授も、「彼らは人間性にも非常に優れており、日本人学生のたどたどしい英語にもしっかり耳を傾け、上手にほめてくれるなど、あたかも“兄貴分”的な存在だ」と微笑む。

 このような取り組みを続ける中、同大学ではアフリカに関心を持つ日本人学生が徐々に増えているという。今後、日本とアフリカの架け橋となる人材が同大学から多数生まれてくることを期待したい。

【Access】
白山キャンパス
〒112-8606 東京都文京区白山5-28-20
URL:http://www.toyo.ac.jp/

(出典:「国際開発ジャーナル」2017年2月号)

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【ジュネーブ便り】NGOの経験生かして緊急支援に情熱注ぐ

国際移住機関(IOM)本部
緊急オペレーション局
プロジェクト・サポート・オフィサー
上田 はるか さん

【上田さんのキャリアパス】
23歳 青山学院大学卒業(法学士)
25歳 神戸大学大学院国際協力研究科(法学修士)
26歳 国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)
   本部(ジュネーブ)でインターン
27歳 「障害に関する特別報告者」の
   リサーチアシスタント(南アフリカ共和国で勤務)
28歳 (特活)ピースウィンズ・ジャパンで勤務
   (本部、ケニア、トルコ、イラク駐在)
32歳 外務省のJPO(ジュニア・プロフェッショナル・オフィサー)
   として現部署に勤務
33歳 現職

 


(イラク北部国内避難民キャンプでの事業視察(NGO勤務時))

 

 国際移住機関(IOM)は、「正規のルートを通じて人としての権利と尊厳を保障する形で行われる移動は、移民と社会の双方に
利益をもたらす」という基本理念の下、移民個人への直接支援から、関係国への技術支援、政府間の意見交換や経験の共有、国際的な協力関係の促進にいたるまで幅広い活動を実施しています。

 私が所属している部署では、特に紛争や自然災害、気候変動などによって引き起こされる人の移動を扱っています。その中でも、私はシェルター建設や物資配布、水・衛生状況の改善について技術的な助言や事業申請書のレビュー、研修の実施、ガイドラインの作成などを行っています。

 ジュネーブ本部から間接的に支援するだけでなく、短期出張を通じて、現地の支援に直接携わることもあります。今年10月には、ハリケーン・マシューで大きな被害を受けたハイチを訪れました。

 さまざまな機関やNGOの支援が入る現場の場合、それぞれの支援の重複をなくし、より多くの人に適切に支援が届くよう調整することが重要です。ハイチではIOMがシェルターと物資配布に関する支援の取りまとめ役として効率的な支援を目指しました。

 私は、1995年の阪神・淡路大震災を経験したことがきっかけで、「いつか自分も支援活動に取り組みたい」と思うようになり、大学院やインターンなどを通じて国際法や緊急支援、人権分野の経験を積みました。

 その後、ピースウィンズ・ジャパンの職員として、約4年間、ケニアのダダーブ難民キャンプや、トルコ側からのシリア北部への支援、イラクにおける国内避難民やシリア難民への支援に携わりました。経験豊かな先輩職員に恵まれ、事業の立ち上げから実施、会計・人事といった総務関連、治安悪化の際の対応まで、緊急支援に関する一連の業務を経験しました。治安状況の悪い地
域での駐在だったため、頻繁に現場に行くことができず、事務所内での仕事が多かったのですが、厳しい環境下でいかに効率的に支援を届けるかについて考え、実践する日々でした。

 また、国際機関と共同で事業を実施したことで、さまざまな事業運営の形を学びました。これらの経験は、現在の仕事の礎になっています。

 IOMの緊急支援分野では、法律や国際関係、紛争分野のバックグラウンドを持つ職員のほか、エンジニア、IT関連、人事、会計など、さまざまな専門を持つ職員が活躍しています。

 緊急支援に携わるということは、悲劇的な状況を常に目の当たりにしなければならない、ということでもあります。残念ながら、紛争や自然災害により避難生活を余儀なくされる人は年々増える一方です。こうした人々の支援に情熱を燃やすIOMの一員として働けることに大きな魅力を感じています。

 

(出典:『国際開発ジャーナル』2016年12月号)