途上国開発・支援」カテゴリーアーカイブ

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【ジュネーブ便り】国際的な労働・雇用問題に取り組む

国際労働機関(ILO)
国際労働事務局ジュネーブ本部
雇用政策局 能力開発オフィサー
茶谷 和俊さん(39歳)

【茶谷さんのキャリアパス】
22歳 東京大学卒業(産業社会学専攻)
26歳 アムステルダム大学大学院
   社会科学修士課程修了
27歳 ILO駐日事務所でインターン
29歳 外務省のJPO
   (ジュニア・プロフェッショナル・オフィサー)
   としてILOジュネーブ本部に派遣
32歳 ILOジャカルタ事務所勤務
36歳 現職

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 国際労働機関(ILO)は、加盟国の政府・使用者・労働者の代表で構成され、労働や雇用に関わる問題の解決に取り組む国連の専門機関です。1919年に設立され、50周年の69年にノーベル平和賞を受賞しました。「世界の永続する平和は、社会正義を基礎としてのみ確立することができる」という憲章原則の下、雇用創出・労働条件の改善・社会対話の促進・社会保障の拡大など多様な分野でリサーチ、政策アドバイス、能力向上支援を行い、全世界で約3,000人の職員が働いています。

 私が勤務する国際労働事務局は、国際労働条約・勧告の採択のほか、国際的な労働問題を政・労・使3者で議論するILOの活動を支える組織です。この中で、雇用政策局は、マクロ経済と雇用の分析から雇用政策立案支援、若年雇用対策、職業訓練、紛争および自然災害後の雇用支援など幅広い分野で活動を展開しています。

 現在担当しているのは、開発途上国での技能形成です。仕事を探し、キャリアを築くには技能が欠かせません。教育や職業訓練、あるいは実際の仕事を通じて、多様な能力が身に付いていきますが、せっかく形成した技能が労働需要と合致せず失業することもあります。また、多くの開発途上国では、職業訓練の機会が十分にないことも問題です。こうした課題に対処するために、官民連携を促進し、企業の職業教育・訓練への関与を強化しています。企業が参加することで、職業教育・訓練がより実践的でニーズに即したものになって雇用につながるほか、政府の財政負担が減るメリットもあります。こうした官民連携型の職業教育・訓練を促進するための法制度の枠組みづくりや、パイロットプロジェクトの実施などに取り組んでいます。

 両親が仕事を通じて十分な収入を得られないと、子どもの教育機会が奪われたり、医療が受けられず貧困が次世代に連鎖します。良質な雇用機会を増やすのは重要なことであり、ILOの仕事を通じて雇用問題の解決に少しでも貢献できるのは大きな喜びです。他方、開発途上国が直面する問題のスケールに対して、ILOを含む国際機関の資金や人員は十分ではありません。そこで政策効果を高めたり、民間の活力を動員したり、政策担当者の能力を強化するなど、担当する国々の状況に応じて知恵を絞らなければなりません。

 国際機関の仕事では、特定分野の専門性に加えて、所属する機関を動かし、担当する国の政府や企業・市民の行動に影響を与えることが重要です。それには状況を的確に分析して戦略的に考えること、他者の協力を引き出すことなど、多様な能力が求められます。私は教育から受けた恩恵を社会に還元したいと考え、インターンやJPOを経てILOに就職しました。能力と熱意を生かして国際社会に貢献したい方は、ぜひチャレンジしてください。

(出典:「国際開発ジャーナル」2016年5月号)

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【私のキャリアパス】目指すは廃棄物管理のスペシャリスト

八千代エンジニヤリング(株)
国際事業本部 都市環境部
廃棄物計画課 主幹
荒井 隆俊 さん

【荒井さんのキャリアパス】

24歳 中央大学・大学院卒業後、
   八千代エンジニヤリングに入社。
   総合事業本部で国内の廃棄物管理計画や
   調査などを担当。
30歳 国際事業本部に異動。
   エルサルバドルやインドネシア、
   スーダン、バングラデシュなどで
   廃棄物管理のプロジェクトを
   担当して現在に至る

【意外なキャリアの始まり】

 「地図に残る仕事を」。高校生の時、建設会社のCMに心を動かされて土木を学び、調査から設計までできる建設コンサルタントになった荒井隆俊さん。「道路や橋など、大きなものを造りたいという気持ちが強かったのです」と振り返る。しかし八千代エンジニヤリングに入社後、任された仕事は意外な分野だった。総合事業本部に配属され、日本の地方自治体のごみ処理調査や計画策定などを担当することになったのだ。荒井さんは「この会社が廃棄物事業にも携わっていること自体、最初は知りませんでした」と笑う。そんな中、学生時代の友人たちが次々と海外に赴任し、彼らに刺激を受けた荒井さんもいつしか海外で働きたいという思いが強くなっていった。

 そこで、5年目に希望を出して国際事業本部に異動し、早速、エルサルバドルでの廃棄物管理プロジェクトに携わった荒井さん。ごみ埋め立て地で悪臭や虫の発生といった課題を目の当たりにし、「ごみ処分場をただ建設するのではなく、その後の維持管理が大事。ごみに土をかける一手間だけで悪臭を抑えることができます。そうした日本では当然行われている基本的な廃棄物管理の仕組みを伝えました」と振り返る。それに応えるように、現地の担当者たちの中に「日本任せではなく自分で運営するんだ」との意識が次第に芽生えるのを感じたという。「“ここはエルサルバドルで一番のごみ処分場だ”と彼らが言ってくれた時に、やりがいを感じました」。

【現地の人づくりに奔走】

 昨年まで担当していたバングラデシュの廃棄物管理プロジェクトでも、現地の人々の変化を見ることができた。このプロジェクトがユニークだったのは、どうすれば首都ダッカで働くごみ収集の作業員にやる気を出してもらえるか知恵を絞ったこと。こうした仕事に携わっている人々の多くはカーストが最下層で、読み書きがあまりできず、市の職員としての自覚も薄かったため、ごみ収集がうまく機能していなかったのだ。そこで、彼らを管轄する廃棄物管理局の同僚と共に、文字が読めなくても分かりやすいごみ収集マニュアルを作ったり、ユニフォームや作業用の手袋を配ったりして工夫をこらした。さらに、ごみ収集車を日本から供与し、人口密集度などの情報を踏まえて収集車の巡回ルートを決めるのも荒井さんの仕事だった。「作業員に決まった地点を定期的に回ってもらうために、時には私も収集車の助手席に乗って一緒に巡回したこともあります。信頼関係を築いたことで収集の仕組みを改善できました」。

 現在もインドネシアや大洋州地域で廃棄物管理の事業に携わる荒井さん。
「これまでは行政官の能力向上のための支援が多かったのですが、今後はごみ処分場の設計にも携わりたい。“大きなものを造りたい”というかねてからの夢に一歩近づきます」と抱負を語る。さまざまな経験を重ね、廃棄物管理の専門家への道を切り開いていく。

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【大学の国際化最前線】東京農業大学 国際農業開発学専攻

柔軟な思考を持った農業開発専門家を育成

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(学生たちとともに。左より、高根教授、バビルさん、五野さん)

【徹底した現場志向】

 農業と国際開発。この2つの要素の連関性については、誰しもが認識しているところだ。しかし、農業と国際開発について専門的かつ実践的に学ぶことができる大学院はほとんどないのではないか。今回紹介するのは、開発途上国で人々の生活向上に寄与できる、農業・農村開発のプロフェッショナル育成に取り組む東京農業大学大学院の国際農業開発学専攻だ。

 「建学の精神で実学主義をとなえている通り、当専攻では実践性を重視している」と強調するのは、高根務教授だ。カリキュラムには経済学や政策学などの“社会科学系”と、作物学や環境学、園芸学などの“自然科学系”の授業があり、学生は研究テーマにそって両方の領域を学ぶことができる。

 授業は講義形式、ディスカッション形式、実験形式で、すべて英語で行われる。教授陣には世界中で豊富な現場経験を積んできた人材が揃えられ、ケーススタディーを活用した実践的な教育が行われており、学生への研究サポートも手厚い。また、学生の3割は留学生で、日本人含めほとんどが実務経験を積んできた人ばかりだ。たとえば同大学の学部を卒業した五野日路子さんは、青年海外協力隊でマラウィに行き、改めて国際協力を学び直したいと同大学院に入学。「留学生の出身国は中国やタイ、ガーナなどさまざま。学生同士の意見交換も活発で刺激が多い」と、充実した学生生活の様子を語ってくれた。

 さらに注目すべきは、途上国でのフィールドワークや研究機関などでのインターンシップだ。行き先は学生自身が決定しており、その際には教授陣が数々の途上国との間で培ってきたネットワークが非常に役立っているという。たとえばインドからの留学生であるバビル P.K.さんは、指導教官より紹介を受け、ナイジェリアの研究機関でヤムイモの研究に取り組んでいる。「この大学院に来て、実際に社会の役に立つ実用的な研究ができるようになった」と、実践重視の教育の成果を語ってくれた。このように、講義形式とマンツーマン指導、現場指導の三本立てで、学生を育成している。

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(ミャンマーでフィールド調査を行うインドからの留学生、バビルさん)

【途上国の実情にあった農業開発を】

 高根教授が途上国における農業・農村開発で重視するのは、その国の文化を尊重することだ。「こちらのやり方を押し付けたのでは、長期的には続かない。彼らの伝統文化を理解した上で、こちらの持っている農業技術を、彼らの生活の中でどう生かせられるかを考えていくことが重要だ」。

 学生には、途上国の役に立ちたいという熱い思いと、柔軟な思考を持った人材に育ってほしいと高根教授。「開発の現場は思い通りにいかないことが当たり前。さまざまな状況に対応できるフレキシブルな思考を身に付けてほしい。また、留学生と共に勉強する中で多様な価値観に接することも、国際開発の世界において働く上で役に立つ、貴重な経験となるだろう」。

 卒業後は、国際開発のみならず、学校や企業などに就職する人や、就農する人など、さまざまだという。就職では現場経験が問われることが多い中で、ここでのフィールド経験は大きなプラスとなるだろう。「人材を畑に返すというのがモットー。オフィスに座って指示を出すだけでなく、自分で耕して、農家の話を聞いて、現地の食べ物を一緒に食べる。そういった人に育って欲しい」。現地の人々を大切にする心を持った農業・農村開発のプロが、本研究科から世界中に飛び立っている。

(出典:「国際開発ジャーナル」2011年7月号)

【Access】
世田谷キャンパス
〒156-8502 東京都世田谷区桜丘1-1-1
URL http://www.nodai.ac.jp/

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【私のキャリアパス】化学、教育、海外経験…多彩な強みで新たな道を切り開く

株式会社日水コン
海外事業部技術部 主任
木村 光志 さん

【木村さんのキャリアパス】
25歳 東京工業高等専門学校工業化学科、
   北海道教育大学社会教育課程卒業後、
   長野県で昼は酪農業の見習い、
   夜は家庭教師として働く
26歳 ワーキングホリデーでオーストラリアに滞在し
   NGOの農業支援などに参加
27歳 株式会社日水コン環境事業部環境分析センターに入社。
   日本国内の水質調査・分析、
   生物調査、浄水処理実験を担当
32歳 シリア、アルジェリアで水質分析の指導に携わる
35歳 海外事業部技術部に異動
   以来、インド、ラオス、ベトナム、インドネシアで
   水質管理・環境アセスメントを担当

【“面白い”理科の教員になりたい】

 工専では化学を、大学では全く分野が違う教育学を学び、その後も一味違う経歴を持つ木村光志さん。「試験管を手に実験をする仕事より、化学の知識を生かして人とかかわる仕事がしたいと思い、当初は理科の教員を目指していました」。

 ただ、教員は大学卒業後すぐに教職に就くことが多く、一般の社会経験がない。生徒の多くは卒業後、会社員として社会に出ていくにもかかわらず、だ。そこで、まずはさまざまな経験を積みたいと、大学卒業後、知り合いのつてで長野県に滞在。昼は酪農の手伝いをしながら、夜は家庭教師をした。さらに、ワーキングホリデーで自然豊かなオーストラリアへ。初めて海外旅行に行った時に、英語ができれば海外でコミュニケーションがとれることを実感し、英語力を身に付けたいと考えたからだった。

 「東京育ちのせいか、田舎に対して強い憧れがありました。自然を相手にできる仕事をしてみたかったし、何より、どんな経験も教員になったときに授業のネタになると考えていたのです」。木村さんにとって、将来の目標はあくまでも“面白い”理科の教員になることだった。

【経験が交差して新しい世界へ】

 そんな彼の転機は、オーストラリアから帰国し、友人たちと再会した時に訪れた。人手が足りないから来ないかと誘われたのが、日水コンの環境分析センター。環境ホルモンが注目を集めていた時期で、水質や土壌、生物などの調査・分析をできる人材が必要とされていた。会社員の経験も積みたいと、木村さんはさっそく入社し、野外調査に出かけては水を採取して分析し、報告書を作成する仕事に没頭した。「化学の知識を仕事として実践的に使ったのは初めてでしたが、この実務経験が今のキャリアにつながっています」と木村さんは振り返る。

 この経験を買われて、ある依頼が舞い込んだ。シリアの環境省の職員に水質分析の技術を教えてほしい―。化学分析の高度な専門知識を持ち、人に教えるノウハウも、英語力もある人が良い。その3つ全てを兼ね備えていた人材が、まさに木村さんだった。「それまでの経験が一つにつながった瞬間でした」。

 当時、シリアでは経済成長が見込まれていた一方、かつて日本も経験したように、工業排水に含まれるカドミウムや水銀などの金属で水が汚染される懸念があった。そのため、木村さんが新しく発足した環境省の職員に対し、排水先となる川や水路などの水を分析する技術を一から教えることになった。「pHとは何かといった化学の基礎知識はもちろんですが、パソコンの右クリックの方法から教えなければならず、思っていた以上に大変でした。でも、そんな彼らが知識を身に付け、徐々に成長していく姿を目の当たりにできたのは大きなやりがいでした」と木村さんは話す。

 海外事業部へ異動した後も、インド、ラオス、ベトナム、インドネシアでの水質分析の技術移転や環境アセスメント調査などの事業に携わっている木村さん。「海外での仕事をうまく進めるコツは、まずは信頼関係を築き、相手のペースに合わせること。どんな経験も、いろんな場面で生きています。次第に開発コンサルタントの仕事が面白くなってしまい、今に至ります」と笑う。常にやりたいことに向かって進み続ければ、その道が次のステップへとつながっていく。これからも新しいことに挑戦していきたいと木村さんは意気込んでいる。

(出典:「国際開発ジャーナル」2013年12月号)

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【私のキャリアパス】途上国の“水”案件で活躍 ベースは国内で磨いた技術

(株)地球システム科学
水資源事業部 技師
松尾 俊作 さん

【松尾さんのキャリアパス】
22歳 九州大学工学部資源工学科を卒業後、
   同大学院工学府地球資源システム工学専攻に進学
24歳 同専攻を修了し、施設工業(株)に入社
28歳 同社から鎌田バイオ・エンジニアリング(株)に転籍
32歳 同社を退社し、(株)地球システム科学に入社

【海外業務はNPO参加がきっかけ】

 水分野を中心に、途上国の開発プロジェクトに携わる松尾俊作さん。大学院卒業後に計8年間、衛生プラント会社勤務で磨いた水処理技術が海外業務を手掛けるうえでもベースとなっている。

 環境問題への関心は高校時代から強く持っていたという。大学を経て大学院修了時点でもその思いは衰えることはなく、勤務先も、廃水処理や上下水道、廃棄物処理など環境プラントの企画・設計、施工・管理を手がける衛生プラント会社を選んだ。同社は、食品工場の廃水処理から池水の水浄化などの案件について、営業から設計、施工・管理、メンテナンスまで「入社直後から幅広い案件を任せてもらえた」という。

 その後、関連企業に転籍し、地元・九州に帰ってからも、浄水場や下水処理場、し尿処理場など官公庁関連での工事や、民間工場の廃水処理といった環境案件を担当。転籍後も設計・施工監理を基本とした業務に従事し、水関連のプラント案件を手掛けることとなった。

 松尾さんが海外での業務に興味を持つようになったのは、最初に勤務した衛生プラント会社の頃にアジアの水汚染状況を記した本に出会ったのがきっかけだ。「日本国内の水道はトリハロメタンなどが騒がれていた時期でもあり問題が多いと思っていましたが、アジアではそれをはるかに超える汚染に大勢の人が苦しんでいると思うと何とかしたくなりました」と当時を振り返る。その思いを抱えたまま2社目に転籍。在籍中に水道の生物浄化に共感し「地域水道支援センター」というNPOに所属することとなった。このNPOは、主に「緩速ろ過」と呼ばれる微生物を使った日本の伝統的な水浄化技術を、国内外の中小規模の集落向けに普及する活動を展開している。

 NPOに参加しながらさらに海外志向を強める中で、理事の一人に「海外の水道にかかわる仕事に就きたい」と相談。そこで紹介してもらったのが、現在勤務する地球システム科学というわけだ。
2008年4月に入社した。

【「緩速ろ過」技術を途上国へ】

 松尾さんは「最初に担当させてもらったのは、無償案件であるタンザニア首都圏周辺地域の村落給水事業です。当初は補助的な業務が中心でしたが、それでもそれまでかかわっていた国内案件に比べ、なかなか経験できないような国家の水道計画策定部分までかかわることができることをとても楽しく感じました」と話す。その後、ルワンダやスーダン、ペルーなどにおける国際協力機構(JICA)のプロジェクトを担当し、一貫して水関連の案件に携わってきた。「何もないような場所に調査から始めて水道施設を設置する仕事は、現在の日本にはほとんどありません。さまざまなリスクもそれだけ大きく、大変な面もありますが、自分の設計いかんで住民が満足するかどうかが決まるということに加え、自分で設計から手掛けることができる点に大きなやりがいを感じています」と松尾さん。

 今後は、総括的な立場に立って、プロジェクトチームをまとめることができるような実力を付けるのが目標だ。そしていずれは、NPOで出会った緩速ろ過技術を途上国案件に生かす夢もある。「この技術が適した国もありますので、将来はこの技術に携わるような仕事もしていきたいです」。業務を通じて実力を磨きながら、次の目標に向かって努力を続ける毎日を送っている。

(出典:「国際開発ジャーナル」2013年6月号)