次世代の観光開発へ

日本では今、少子高齢化や地方の疲弊が大きな課題となっている。 そうした中、経済活性化の起爆剤として期待を寄せられているのが観光振興だ。 世界においても同じことが言える。
開発途上国に眠っている自然環境や文化遺産などの観光資源を生かすことが、貧困層の生活を改善するカギとなる。 北海道大学大学院の国際広報メディア・観光学院観光創造専攻は、国内外において、次世代の観光開発を担う人材を育成・輩出している。
世界で活躍する人材を育成
国立大学法人で初めての観光分野の大学院として、2007年に創設された北海道大学大学院の国際広報メディア・観光学院観光創造専攻。 国内の観光開発はもちろん、世界を舞台に活躍する観光分野の開発協力の専門家育成にも注力している。同専攻の特徴について探った。
新たな観光を「創造」

新興国を中心とする世界的な経済発展や、航空網の発達によって、国際的な旅行市場は拡大を続けている。国連世界観光機関(UNWTO)によると、07年に全世界で8億800万人に達した国際観光客数は、20年までに15億6,000万人に上ることが予想されている。
こうした状況を踏まえ、日本政府は03年、初めて観光を国家的課題として掲げ、「観光立国宣言」を採択した。08年には「観光立国推進基本法」を策定し、地方創生と絡める形で、観光の促進に向けさまざまな取り組みが行われている。
こうした動きと連動し、北海道大学では06年、観光研究を担う学術拠点として「観光学高等研究センター」を設置。翌07年には、観光分野の高度人材を育成する場として観光創造専攻を創設した。
この背景について、同専攻の石黒侑介特任准教授は、「これまでは旅行者や旅行会社など『訪れる側』を中心に観光が捉えられてきたことへの反省がある。観光創造専攻では、住民の所得の向上や資源の保全など、地域が観光を通じて何を実現できるのかを第一に考える、真に地域に根ざした新しい観光の『創造』を目指している」と語る。
具体的には、地域住民を巻き込んだ観光を構想したり、外国人と地域住民の相互交流を促す出会いの場を創出できるような人材の育成を進めているということだ。
コンサルティング能力を育成
同専攻の特徴の一つが、フィールド実践型の講義だ。大学院生はまず、世界遺産の管理・活用やエコツーリズム、アニメの聖地巡礼、観光マーケティングまで、地域の「観光創造」に求められる幅広い理論を、座学を通して身に付ける。同時にその実践として、国内外のフィールドで観光による「まちづくり」に参加する。特に近年は開発途上国におけるフィールド実践型のプログラムが充実している。 実は、同専攻の教員の多くはコンサルタントとして国際協力機構(JICA)のプロジェクトに携わっており、日本国内での取り組みを通して得られたノウハウや技術を現在進行形で開発途上国へ移転している。大学院生はこうした「現場」に携わることを通じて、知識偏重ではない実践力を身に付けていく。
一例として、2011年から進めている、エチオピアのシエミン国立公園への観光協力がある。ここでは、国連教育科学文化機関(UNESCO)の世界遺産リストにも登録されている希少な自然環境が、農民の農地開拓によって危機にさらされていた。この問題の根源にあるのは、農地を開墾しなければ生きていけない農民の貧困だ。そこで、同専攻では新たな生計手段として、彼らの日常生活を体験する農村ツアーを企画し、すでに観光客の受け入れを始めているという。
また、世界遺産を目指すヨルダンのサルト市では、街を一つの博物館に見立て、旅行者が各家庭の「おたから」を見て回るツアーを開発した。
「准専門家」として実務も経験
フィールド実践型の講義に加え、同専攻では、プロジェクトが必要とする専門的な知見を有していると認められた学生を専門家に准ずる立場、いわば准専門家としてJICAのプロジェクトに派遣する仕組みを有している。 石黒特任准教授は、「開発コンサルティング企業の多くでは、採用要件として現場での実務経験を求められる。しかし、大学院在籍中に専門家に准ずる立場で現場を経験できれば、採用選考時に履歴書で『実務経験あり』とアピールすることができる」と語る。
そのほか、同専攻には、修了後に青年海外協力隊員として再び現場に飛び込む学生や、博士課程に籍を置きつつ、JICAなどから受託したプロジェクトに継続的に参画して専門家への道を歩む学生もいる。
多様な実践プログラムを通じて「観光分野の国際協力に携わりたい」という熱意を持つ学生を支援する観光創造専攻。ここから羽ばたく人材が、日本と世界でどんな観光を創造していくのか楽しみだ。
【学生の声】 観光創造専攻修士課程1年 橋本 瑠奈さん
『フィールド演習で強まった思い』
多様な人々の交流を創出し、地域の活性化にも役立つ「観光」に可能性を感じ、観光創造専攻に入学しました。
本専攻では、座学で「なぜ人は旅をするのか」といった哲学的問題から、観光による地域振興の手法まで、観光を多角的に学べます。これは、多様な経歴・専門分野を持つ先生方が集まっているから可能になることです。
国内・海外でのフィールド型演習も多く開講されています。こうした演習では、「観光を通じた地域課題の解決」を目指し、現地を実際に歩いて住民と共に解決策を考えることで知識や経験を積むことができます。
私はフィジーでの演習に1カ月間参加して、「自分の知識や経験を社会に還元したい」という思いが強まり、2015年4月から大学院を休学して青年海外協力隊員としてフィジーに行くことになりました。こうした多様な選択肢があるのも魅力の一つです。将来は地域住民と協働して課題の解決に取り組めるような研究者になりたいです。
【OGの声】 観光創造専攻 准教授 八百板 季穂さん
『新たな発見と感動を現地の人々と』
九州大学で芸術工学を学んだ後、「地域固有の文化の保全と、それを継承する人々の生活の質向上を同時に実現する可能性を持つ観光について学びたい」と一念発起し、観光創造専攻の博士後期課程に転学。フィジーで長い歴史を持つ港町レブカを研究しました。その後、本学と国際協力機構(JICA)が観光分野で連携することになり、2011年、レブカをフィジー初の世界遺産として登録することを目指して研究に取り組みました。そして13年登録された後も、年の7割以上をエチオピアやペルー、フィジー、バングラデシュなどで過ごす日々が続いています。
本専攻で学ぶ中で、開発途上国の観光開発に携わる喜びを知りました。現場には、新たな発見と感動が満ちています。現地の人々と一緒にそれを体験できる素晴らしさは、言葉では言い尽くせません。それらの経験一つ一つが自分を大きく成長させてくれます。ぜひ皆さんも、観光創造の世界に一歩、足を踏み出してみませんか。
「3つの力」を軸に国内外で実践教育
観光創造専攻では、次世代の観光を創造する人材に求められる資質として、三つの力の修得を重視している。一つ目は、地域社会と共に地域資源から新たな価値を生み出す「価値共創力」。二つ目は、観光を軸に「まちづくり」をコーディネートする「地域協働力」。そして三つ目は、これら「価値共創力」と「地域協働力」を国際社会でも展開できる「国際貢献力」だ。同専攻には、これらに対応した講座が設けられており(下記参照)、実践経験が豊富な教員たちが指導を行っている。
また、東日本旅客鉄道(株)や北海道旅客鉄道(株)から支援を受けて開設された「観光地域マネジメント寄附講座」に加え、北海道の札幌市や美瑛町、岐阜県白川村など自治体との連携も盛んだ。キャリアパスも、観光関連事業者や民間シンクタンク、官公庁、地方自治体への就職から博士課程進学まで幅広い。
国際協力機構(JICA)の技術協力プロジェクトとして 、前ページでも紹介したエチオピアやヨルダンの案件のほか、フィジーや中南米の観光開発プロジェクトで実戦経験を積むことができる。中には修士課程に在籍しながら青年海外協力隊の観光隊員として開発途上国に派遣される院生や、修了後に同大学の観光学高等研究センターの学術研究員となり、観光分野の開発協力の専門家を目指す院生もいる。
さらに、スペインのバルセロナ大学やフィンランドのラップランド大学、国連世界観光機関(UNWTO)といった世界の観光研究機関とも連携を進めており、実践的かつ多彩な教育環境が備わっている。
多様なカリキュラム(2014年度の例)
観光創造概論
観光創造特論「観光と文明・文化」
観光創造特論「観光資源と環境」
観光創造特論「地域と観光」
観光創造特論「観光とコミュニケーション」
観光創造特論「観光と国際交流」
観光創造特論「観光と経営」
観光開発国際協力論演習
観光文化概論
観光創造論演習
地域マネジメント論演習
インバウンド・ツーリズム論演習
観光マーケティング論演習
観光マーケティング国際戦略論演習
特別演習「トランスナショナル研究論」
特別演習「エコミュージアム創造論演習」
特別演習「観光創造による地域づくり演習~美瑛町」
特別演習「観光創造による地域づくり演習~白川郷/竹富島」
特別演習「観光創造による国際協力~バングラデシュ国/フィジー国~」
エコツーリズム論演習
ヘリテージ・ツーリズム論演習
遺産創造論演習
地域文化論演習
観光思想論演習
観光コミュニケーション論演習
地域人材育成論演習 地域創造論演習
観光地域イノベーション論演習
コンテンツ・ツーリズム論演習
観光社会文化論演習
地域ブランディング論演習
観光文明論演習
世界遺産マネジメント論演習
※講義以外にも開発途上国の観光開発の現場に携われるプログラムが数多くある。
入試に関する最新の情報は、http://www.imc.hokudai.ac.jp/をご確認いただくか、idc@cats.hokudai.ac.jpまで。