地球・環境・エネルギー」カテゴリーアーカイブ

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【私のキャリアパス】日本で経験積み母国にも貢献

アジア航測(株)
海外事業部技術部技術課
レンディ・プラタマさん

【レンディさんのキャリアパス】

18歳 インドネシア・スマトラ島の西スマトラ高校卒業
22歳 インドネシア大学(地理学専攻)卒業
25歳 千葉大学大学院理学研究科
   (地球生命圏科学専攻)卒業
   アジア航測(株)入社、海外事業部技術部に配属、
   現在に至る

【地方から名門大学へ】

 昨年、アジア航測で唯一のインドネシア人として同社に入社したレンディ・プラタマさんは、スマトラ島の出身だ。スマトラ島は、2004年に発生したスマトラ沖地震で知られる通り、世界有数の地震多発地帯。同島中部西スマトラ州出身のレンディさんも、何度も大きな揺れを体感したという。

 そうした環境の下、高校生のころから地質学などを通じて自然現象の発生原因を探る自然科学に興味を持っていたレンディさん。知的好奇心を抑えきれず、高校卒業後の進路に対する不安を振り払って首都ジャカルタへ飛び出し、国内トップの名門校インドネシア大学に入学した。

 レンディさんはここで、日本の運輸多目的衛星(MTSAT)「ひまわり」の衛生画像を用いて雲の分布や動きを分析するほか、雲や海水の温度変化から降雨量を推測し、ジャワ島でエルニーニョやラニーニャが発生した際の降雨パターンを調査した。

 インドネシアでは、MTSATのようなリモートセンシングを用いた分析はまだ主流ではないが、レンディさんは「だからこそ自分がやるべきだ」と考え、研究に没頭。そうした経験を続けるうち、「大学卒業後は、日本でリモートセンシングを活用した研究をさらに究めたい」という将来像を描くようになった。

【リモートセンシングとGISの可能性を広げる】

 とはいえ、日本での生活や金銭的な問題に対する不安は大きかった。卒業後、すぐには決断できず、しばらくは同校のリサーチアシスタントとして、地理情報システム(GIS)を応用した西ジャワ州の農・漁業の実態調査に参画していた。だが、その後、恩師からの助言もあり、2013年に千葉大学大学院へ留学。米国が開発した「中分解能撮像分光放射計」(MODIS)をはじめ、より多様なリモートセンシングの技術を用いて森林や農地の土地利用に関するデータの収集などを行った。

 現在は、アジア航測で先輩社員からコンサルタントの仕事について学ぶ傍ら、航空レーザー計測による森林資源解析と森林計画への応用方法について勉強中だ。さらに、自分の専門を生かし、アジアやアフリカから来た研修生に対してリモートセンシングやGISの応用について指導も行っている。

 レンディさんの同期社員は30人。そのうち海外出身者はレンそんなレンディさんに対し、海外事業部営業部の野中一郎営業部長は「わが社では今後、インドネシアに東南アジアの拠点を築くことを検討している。ぜひ今後、現地のトップとして活躍してほしい」と高い期待を寄せる。それに応えるように、「今後は博士号を取得し、ゆくゆくは防災計画に役立つ地図を作成したい。洪水や火山、森林火災など自然災害の多いインドネシアで、リモートセンシングやGISの可能性を広げていきたい」と語るレンディさん。

そのまなざしは、次なる夢に向かってまっすぐ前を見つめている。

(出典:「国際開発ジャーナル」2016年10月号)

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【大学の国際化最前線】九州大学大学院 工学府 地球資源システム工学専攻

世界の資源工学の教育拠点 北大との新プログラムも

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(インドネシアのジャワ島西部にあるチバリオン金鉱床の地表調査)

【早期から国際化進める】

 「資源工学は、国際化しないと生き残れない分野。それゆえ、われわれは他大学に先駆けて海外に関する取り組みを進めてきた」。九州大学大学院の工学研究院地球資源システム工学部門の渡邊公一郎教授は、こう言い切る。

 大学院の工学府地球資源システム工学専攻は、鉱物やエネルギー資源の開発に関する教育と研究を行っており、特に地熱分野では多くの人材を輩出している。しかし、国内にはエネルギー資源が少ないため、早期から海外の資源国との接点を強化してきた。

 代表的な取り組みが、1987年に始めた海外インターンシップだ。学部生も含め、毎年2~5人程度をフィリピンの石炭鉱山やニュージーランドの地熱発電所など、世界各地の資源開発の現場に派遣、約2週間の実習を行っている。これまでに参加した学生はすでに200人を超える。「近年は他大学も海外インターンシップに取り組んでいるが、われわれがそのモデルになったと自負している」(渡邊教授)。

 また、2003年には東南アジアの産業人材の育成を目指して設立された「アセアン工学系高等教育ネットワーク(AUN/SEED-Net)」に参加。インドネシアなど東南アジアの資源国から、多くの留学生を受け入れている。また、九州大学全体では、文部科学省の「国際化拠点整備事業(グローバル30)」を経て「スーパーグローバル大学創成支援」にも採択されるなど、まさに“国際化の雄”と言える存在感を放っている。

【留学生の受け入れを拡大】

 さらに昨年は、主にアフリカ諸国を対象に国際協力機構(JICA)が実施する資源人材育成プログラム「資源の絆」に参画し、アフリカからの留学生も増加傾向にある。一方、「博士課程だけで40人以上の留学生が在籍し、受け入れ能力が限界に来つつある」(渡邊教授)。そのため同専攻では、2017年度をめどに北海道大学大学院の工学院環境循環システム専攻とジョイントディグリープログラムを開始する予定だ。「本学は資源の探査開発に強いが、北大は資源開発に関連した環境保全に強みがあり、シナジー効果も期待できる。両学が互いに教員を融通し合い、開発途上国の資源人材の育成ニーズに応えていきたい」と渡邊教授は意気込む。

 なお、同専攻では、JICAの委託を受け1970年から開発途上国の地熱関係者に対する研修を実施してきた実績もある。これは2001年に一旦終了したものの、各国から再開を切望する声が多く寄せられ、今年度から再開する予定だ。

 電力需要が急増する開発途上国では、エネルギー資源の開発が今後ますます重要な課題となる。世界の資源工学の教育拠点と呼べる存在となった同大学の活躍に期待が集まっている。

【Access】
伊都キャンパス
〒819-0395 福岡市西区元岡744
URL http://www.kyushu-u.ac.jp/ja/

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【私のキャリアパス】目指すは廃棄物管理のスペシャリスト

八千代エンジニヤリング(株)
国際事業本部 都市環境部
廃棄物計画課 主幹
荒井 隆俊 さん

【荒井さんのキャリアパス】

24歳 中央大学・大学院卒業後、
   八千代エンジニヤリングに入社。
   総合事業本部で国内の廃棄物管理計画や
   調査などを担当。
30歳 国際事業本部に異動。
   エルサルバドルやインドネシア、
   スーダン、バングラデシュなどで
   廃棄物管理のプロジェクトを
   担当して現在に至る

【意外なキャリアの始まり】

 「地図に残る仕事を」。高校生の時、建設会社のCMに心を動かされて土木を学び、調査から設計までできる建設コンサルタントになった荒井隆俊さん。「道路や橋など、大きなものを造りたいという気持ちが強かったのです」と振り返る。しかし八千代エンジニヤリングに入社後、任された仕事は意外な分野だった。総合事業本部に配属され、日本の地方自治体のごみ処理調査や計画策定などを担当することになったのだ。荒井さんは「この会社が廃棄物事業にも携わっていること自体、最初は知りませんでした」と笑う。そんな中、学生時代の友人たちが次々と海外に赴任し、彼らに刺激を受けた荒井さんもいつしか海外で働きたいという思いが強くなっていった。

 そこで、5年目に希望を出して国際事業本部に異動し、早速、エルサルバドルでの廃棄物管理プロジェクトに携わった荒井さん。ごみ埋め立て地で悪臭や虫の発生といった課題を目の当たりにし、「ごみ処分場をただ建設するのではなく、その後の維持管理が大事。ごみに土をかける一手間だけで悪臭を抑えることができます。そうした日本では当然行われている基本的な廃棄物管理の仕組みを伝えました」と振り返る。それに応えるように、現地の担当者たちの中に「日本任せではなく自分で運営するんだ」との意識が次第に芽生えるのを感じたという。「“ここはエルサルバドルで一番のごみ処分場だ”と彼らが言ってくれた時に、やりがいを感じました」。

【現地の人づくりに奔走】

 昨年まで担当していたバングラデシュの廃棄物管理プロジェクトでも、現地の人々の変化を見ることができた。このプロジェクトがユニークだったのは、どうすれば首都ダッカで働くごみ収集の作業員にやる気を出してもらえるか知恵を絞ったこと。こうした仕事に携わっている人々の多くはカーストが最下層で、読み書きがあまりできず、市の職員としての自覚も薄かったため、ごみ収集がうまく機能していなかったのだ。そこで、彼らを管轄する廃棄物管理局の同僚と共に、文字が読めなくても分かりやすいごみ収集マニュアルを作ったり、ユニフォームや作業用の手袋を配ったりして工夫をこらした。さらに、ごみ収集車を日本から供与し、人口密集度などの情報を踏まえて収集車の巡回ルートを決めるのも荒井さんの仕事だった。「作業員に決まった地点を定期的に回ってもらうために、時には私も収集車の助手席に乗って一緒に巡回したこともあります。信頼関係を築いたことで収集の仕組みを改善できました」。

 現在もインドネシアや大洋州地域で廃棄物管理の事業に携わる荒井さん。
「これまでは行政官の能力向上のための支援が多かったのですが、今後はごみ処分場の設計にも携わりたい。“大きなものを造りたい”というかねてからの夢に一歩近づきます」と抱負を語る。さまざまな経験を重ね、廃棄物管理の専門家への道を切り開いていく。

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【大学の国際化最前線】東京大学環境安全研究センター

熱帯地域に適した水再利用技術の研究開発

【技術開発には「社会実装」が不可欠】

 生きていく上で欠かせない“水”。水は保健衛生や環境問題など途上国問題とも密接なかかわりを持っており、この限られた資源をいかに効率的に活用していくかは世界共通の課題だ。東京大学環境安全研究センターは、タイ天然資源環境省の環境研究研修センター(ERTC)と連携し、微生物による有機物の分解能力を利用した浄水システム「膜分離活性汚泥法(MBR)」を活用した「熱帯地域に適した水再利用技術の開発」に取り組んでいる。この事業は科学技術振興機構(JST)と国際協力機構(JICA)が進める「地球規模課題対応国際科学技術協力事業(SATREPS)」に採択されている。

 「技術開発では、その国にとって実用的なものに改良する“社会実装”が欠かせない」と話すのは、プロジェクトのけん引役、東京大学環境安全研究センターの山本和夫教授だ。この事業ではERTC内に研究開発センターを設置し、MBRを核としつつもさまざまな状況と用途に合わせた浄水システムの研究開発に取り組む。さらに、状況にあった技術を開発していくにはERTCの研究者たちが水再生技術を理解していることが欠かせないため、ERTCの人材育成にも取り組む。「研究開発では、タイの人たち自身が、現地の抱える問題を認識し、課題解決に向けた技術を自分たちで開発していくことが重要だ」と山本教授は強調する。ERTCの職員から研究開発のアイデアを募り、優れた案は実際に開発に乗り出すという取り組みも実施している。

【今まで築き上げてきたネットワークが要】

 この事業を通じ、すでに多くの実践が進んでいる。たとえばバンコクのチュラロンコン大学では、学内の排水を浄化するシステムを開発し、浄化した水を植栽に活用する。さらに浄化の過程で出た廃棄物を、食堂から出る食品廃棄物と混ぜ合わせ、そこから発生するメタンガスを燃料として活用。温暖化対策にもつなげている。「これをバンコク都全域で進めれば、企業を巻き込んだ商業ベースの巨大プロジェクトになり得る。“社会実装”のもう一つ重要な要素である“売れるモデル”を提示することができる」と山本教授は期待を膨らませる。

 また、先述のERTC内から出されたアイデアの中で実施に移された研究として、医薬成分の除去がある。人間は医薬品を摂取すると、一部は必ず吸収されずに体外に排出されるが、これらの成分は現在の下水システムでは除去できていない。そこで、医薬成分を処理するために、植物を活用した浄水システムの開発に取り組んでいる。国によって薬の仕様は違う中で、タイの人でないと対応ができない、タイならではの研究開発と言える。
 ここまで見てくると、事業を進める上で大学や研究機関との連携がキーとなっていることがうかがえる。これを可能としているのが、山本教授の有する国際的な研究ネットワークだ。「大学とのプロジェクトでは、今ではタイで水処理の第一人者となったかつての教え子が協力してくれている。また、ERTCのトップにも知人がいて、効率的に事業を進めることができた」。

 この事業を通じ、タイ側の人材育成に貢献するだけでなく、日本側からも若い研究者が参加することで、双方の人材育成に貢献できたと山本教授。「さらに、大学やERTCをはじめタイとの関係を密接にすることもでき、ここで得たネットワークは最大の財産だ。タイを拠点として、周辺の熱帯地域にこの取り組みを広げていきたい」と強い意欲を示した。

(出典:「国際開発ジャーナル」2011年8月号)

【Access】
〒113-8654 文京区本郷7-3-1(事務局)
URL http://www.esc.u-tokyo.ac.jp/

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【私のキャリアパス】化学、教育、海外経験…多彩な強みで新たな道を切り開く

株式会社日水コン
海外事業部技術部 主任
木村 光志 さん

【木村さんのキャリアパス】
25歳 東京工業高等専門学校工業化学科、
   北海道教育大学社会教育課程卒業後、
   長野県で昼は酪農業の見習い、
   夜は家庭教師として働く
26歳 ワーキングホリデーでオーストラリアに滞在し
   NGOの農業支援などに参加
27歳 株式会社日水コン環境事業部環境分析センターに入社。
   日本国内の水質調査・分析、
   生物調査、浄水処理実験を担当
32歳 シリア、アルジェリアで水質分析の指導に携わる
35歳 海外事業部技術部に異動
   以来、インド、ラオス、ベトナム、インドネシアで
   水質管理・環境アセスメントを担当

【“面白い”理科の教員になりたい】

 工専では化学を、大学では全く分野が違う教育学を学び、その後も一味違う経歴を持つ木村光志さん。「試験管を手に実験をする仕事より、化学の知識を生かして人とかかわる仕事がしたいと思い、当初は理科の教員を目指していました」。

 ただ、教員は大学卒業後すぐに教職に就くことが多く、一般の社会経験がない。生徒の多くは卒業後、会社員として社会に出ていくにもかかわらず、だ。そこで、まずはさまざまな経験を積みたいと、大学卒業後、知り合いのつてで長野県に滞在。昼は酪農の手伝いをしながら、夜は家庭教師をした。さらに、ワーキングホリデーで自然豊かなオーストラリアへ。初めて海外旅行に行った時に、英語ができれば海外でコミュニケーションがとれることを実感し、英語力を身に付けたいと考えたからだった。

 「東京育ちのせいか、田舎に対して強い憧れがありました。自然を相手にできる仕事をしてみたかったし、何より、どんな経験も教員になったときに授業のネタになると考えていたのです」。木村さんにとって、将来の目標はあくまでも“面白い”理科の教員になることだった。

【経験が交差して新しい世界へ】

 そんな彼の転機は、オーストラリアから帰国し、友人たちと再会した時に訪れた。人手が足りないから来ないかと誘われたのが、日水コンの環境分析センター。環境ホルモンが注目を集めていた時期で、水質や土壌、生物などの調査・分析をできる人材が必要とされていた。会社員の経験も積みたいと、木村さんはさっそく入社し、野外調査に出かけては水を採取して分析し、報告書を作成する仕事に没頭した。「化学の知識を仕事として実践的に使ったのは初めてでしたが、この実務経験が今のキャリアにつながっています」と木村さんは振り返る。

 この経験を買われて、ある依頼が舞い込んだ。シリアの環境省の職員に水質分析の技術を教えてほしい―。化学分析の高度な専門知識を持ち、人に教えるノウハウも、英語力もある人が良い。その3つ全てを兼ね備えていた人材が、まさに木村さんだった。「それまでの経験が一つにつながった瞬間でした」。

 当時、シリアでは経済成長が見込まれていた一方、かつて日本も経験したように、工業排水に含まれるカドミウムや水銀などの金属で水が汚染される懸念があった。そのため、木村さんが新しく発足した環境省の職員に対し、排水先となる川や水路などの水を分析する技術を一から教えることになった。「pHとは何かといった化学の基礎知識はもちろんですが、パソコンの右クリックの方法から教えなければならず、思っていた以上に大変でした。でも、そんな彼らが知識を身に付け、徐々に成長していく姿を目の当たりにできたのは大きなやりがいでした」と木村さんは話す。

 海外事業部へ異動した後も、インド、ラオス、ベトナム、インドネシアでの水質分析の技術移転や環境アセスメント調査などの事業に携わっている木村さん。「海外での仕事をうまく進めるコツは、まずは信頼関係を築き、相手のペースに合わせること。どんな経験も、いろんな場面で生きています。次第に開発コンサルタントの仕事が面白くなってしまい、今に至ります」と笑う。常にやりたいことに向かって進み続ければ、その道が次のステップへとつながっていく。これからも新しいことに挑戦していきたいと木村さんは意気込んでいる。

(出典:「国際開発ジャーナル」2013年12月号)